途中式を書かない理由とその瞬間
ワークを見ると、答えだけがポンと書いてある。
「ここ、途中式は?」
「いや、暗算でできるし」
「でも間違ってるよ」
「……うっかりしただけ」
こんなやりとり、ありませんか。
保護者の方なら、こんな不安がよぎるかもしれません。
- 答えだけ写しているのでは?
- 本当に理解しているのだろうか?
- 何度言っても、なぜ書かないのか?
生徒の側も、本音ではこう思っているはずです。
「書かなくてもできるのに、なんで面倒なことをさせるんだろう」
この食い違いの原因は、やる気でも性格でもないかもしれません。
今日は、途中式を書かない子の頭の中で何が起きているのかを整理します。
読み終わる頃には、
「書きなさい」
と言う前にやるべきことが見えてくるはずです。
途中式の役割:頭の外に置く作業台
先に結論です。
途中式は、先生に見せるための記録ではありません。
頭の中だけでは抱えきれない情報を、
紙の上に預けるための「作業台」です。
数学の問題を解くとき、頭の中ではこんな作業が同時に走っています。
- 今、何を求めているのか覚えておく
- 途中で出た数を覚えておく
- 次にやる操作を考える
- 符号や桁に間違いがないか気を配る
この
「同時に頭に置いておける量」
には限りがあります。
これがワーキングメモリ(作業記憶)です。
研究でも、ワーキングメモリの容量は算数・数学を含む学習成績と
密接に関わることが示されています。
また、ワーキングメモリに別の負荷をかけると、
算数・数学の課題の成績が下がることも報告されています。
つまり、数学の計算は頭の中の作業スペースを実際に使っている、
ということです。
その作業スペースが足りなくなったとき、
人はミスをします。
途中式は、あふれそうな情報を紙の上に逃がして、
頭の作業スペースを空けるための道具なのです。
理由①:筆算で迷子になる原因
具体例で考えてみましょう。
785 ÷ 29 の筆算です。
やることはざっとこうです。
- 29を30くらいと見て、78の中に30がいくつ入るか考える
- 2が入りそうなので、仮の商として2を立てる
- 29×2=58を書く
- 78−58を計算する
- 次の桁を下ろして、また仮の商を立てて、掛けて、引く
これを全部、頭の中だけでやろうとするとどうなるでしょうか。
「仮の商は2だった。掛けたら58。引いたら……あれ、今何をしてたんだっけ」
こうして
やっている途中で、今自分が何をしているのかわからなくなる
ことがあります。
ワーキングメモリの容量が小さめの子ほど、
こうなりやすいと指摘されています。
大人でも、複雑な仕事の途中で
「今、何をやってたんだっけ」
となることがありますよね。
あれと同じ現象です。
筆算は、紙に書きながら進めるからこそ迷子にならずに済みます。
途中式も、まったく同じ役割を持っています。
理由②:自信過剰が正解率を下げる理由
ここで、少し数字の話をします。
たとえば、
ある計算の1手順を、95%の確率で正確にこなせる子がいるとします。
かなり優秀ですよね。
では、その手順が何回も続くとどうなるでしょうか。
| 手順の数 | 全部正解する確率(試算) |
|---|---|
| 1手順 | 95% |
| 5手順 | 約77% |
| 10手順 | 約60%(59.9%) |
計算はシンプルで、0.95を手順の数だけ掛けるだけです。
10手順なら、0.95の10乗で約59.9%まで下がります。
もちろんこれは「1手順95%」という仮定を置いた試算で、
実際の正解率そのものではありません。
ですが、考え方は現実にも当てはまります。
1つひとつの手順は「それぐらいできる」レベルでも、
つながると全体の正解率はじわじわ下がっていく。
ここに、
「数学の力はあるのに、テストで点が取れない」
という子の落とし穴があります。
本人は1手順ごとの感覚で「できる」と感じています。
でも、テストで問われるのは、長い手順を最後まで間違えずに通せるかどうかです。
「うっかりミス」
と片づけていた失点は、
実は途中式を省いたことで起きる、構造的なものかもしれません。
暗算の落とし穴:12−3×5の例
もう1つ、短い例を見てみましょう。
12 − 3 × 5
頭の中だけで解く子は、こう処理します。
「3×5が15、12引く15で……マイナス3」
たったこれだけでも、頭の中では
- 掛け算を先にやる
- その結果の15を覚えておく
- 元の12から引く
- 引けないので負の数になることに気づく
という4つの作業が走っています。
では、紙に 3×5=15 と書いたらどうでしょうか。
15を覚えておく必要がなくなります。
頭は「12−15」の引き算だけに集中できます。
たったそれだけで、作業が
「同時に2つ以上」から
「1つずつ」に変わります。
書くことで楽になる
のです。
書かないことのほうが、実は頭に負担をかけています。
書けない理由とその背景
ここまで読んで、こう思った方もいるかもしれません。
「理屈はわかった。でも、うちの子は言っても書かないんです」
ここで、見方を少し変えてみてください。
「書かない」のではなく、
「書けない」のではないか、
という見方です。
「書けない」には、いくつかの可能性が考えられます。
- 何をどの順番で書けばいいのか、型がない 途中式のゴールが「ちゃんと見せること」だと思っていると、どこまで書けば十分なのかがわからず、手が止まります。
- 頭の中で処理するほうが、その場では楽に感じる 紙に書く手間のほうが目につき、頭の負担は見えにくいからです。
- 「それぐらいできる」という感覚が、書く必要性を打ち消している 先ほどの95%の話のとおり、1手順ごとにはできているので、書く理由を感じにくいのです。
これらはいずれも、本人のやる気の問題ではありません。
書き方の型を知らない、
書く理由を実感できていない
だけ、という可能性があります。
だとすれば、叱るより先にやるべきことがあります。
型を渡すことです。
頭を軽くする3つの書き方の型
書く量を増やすのではなく、迷わず書ける型を決めてしまいましょう。
型① 1行に1つの操作だけ書く
一度にいくつもの操作を詰め込まず、
1行で1つだけ進めます。
たとえば「3×5=15」で1行、「12−15=−3」でもう1行です。
型② イコールは横に繋げず、下に揃えて書く
「=」を縦に揃えると、
後から自分の式を目で追いやすくなります。
見直しのときにも、どこで間違えたか見つけやすくなります。
型③ 計算の前に、括弧をすべて外してから進める
括弧を残したまま進めると、
頭の中で覚えておくことが増えます。
先に整理してしまえば、作業台がきれいになります。
この3つは、特別な才能がなくても今日から使えます。
今日から始める2つの行動
最後に、今日から試せることをまとめます。
生徒のみなさんへ
①「簡単だから」と思った問題ほど、途中式を1行だけ書く
全部書かなくても大丈夫です。
まずは「頭の中で覚えておくのがイヤな数」だけを紙に預けてみてください。
②間違えたときは、「どの手順で間違えたか」に印をつける
「計算ミス」で終わらせず、
どの行で崩れたかを見ます。
途中式が残っていれば、それが見つかります。
保護者のみなさんへ
「書きなさい」の代わりに、こう声をかけてみてください。
- 「頭の中、いっぱいになってない?」
- 「覚えておきたい数、紙に置いてみようか」
- 「この式、一緒に1行ずつ分けてみよう」
「書く」ことを命令にすると、子どもは反発しやすくなります。
「頭を楽にする道具」
として提案すれば、受け取り方がまるで変わります。
途中式を書くかどうかは、几帳面かどうかの話ではありません。
頭の中の限られた作業スペースを、どう使うかという話
です。
次にワークを開くとき、
「書きなさい」ではなく、
「作業台を広げよう」と声をかけてみてください。
そこから、数学の点数が変わり始めます。